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東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)188号 判決 1978年9月21日

原告

ダイムラー・ベンツ・アクチエンゲゼルシヤフト

右訴訟代理人

ローランド・ゾンデルホフ

外一名

被告

協和醗酵工業株式会社

右訴訟代理人

豊田泰介

外三名

主文

特許庁が昭和五二年六月一三日同庁昭和五〇年審判第九八五四号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

<前略>

第二 当事者の主張

一  原告の主張

(一)  特許庁における手続の経緯

被告は、登録第八七九五五九号商標(以下「本件登録商標」という。)の商標権者である。本件登録商標は、昭和四二年八月三〇者登録出願され、昭和四五年一一月一三日登録されたものである。

原告は、昭和五〇年一一月一二日、被告を被請求人として、本件登録商標につき登録無効の審判を請求し、同年審判第九八五四号事件として受理されたが、昭和五二年六月一三日、「本件審判の請求を却下する。審判費用は、請求人の負担とする」旨の審決があり、その謄本は、同年七月一三日原告に送達された(なお出訴期間として三か月を附加された)。

(二)  審決の理由

請求人は、本件登録商標の登録は無効とされるべきであると主張しているが、その理由については何等述べるところがない。

してみれば、本件審判の請求は、本案に入つて審理することができず、不適法な請求といわなければならないので、商標法五六条一項で準用する特許法一三五条により却下を免れない。

(三)  審決を取消すべき事由

本件審判請求書において、審判請求の方式に関する商標法五六条一項で準用する特許法一三一条一項に定める要件のうち、同項三号の請求の理由については、「本件審判の請求の理由は追つて補充する。」とのみ記載されており、実質的理由は記載されておらず、これを後日の追完に委ねている。このように、本件審判請求書は不適式なものであるが、この場合は、性質上当然補正可能な範囲内の方式違反である。したがつてこれにもとづく本件審判請求は、性質上、商標法五六条一項で準用する特許法一三五条で定める「不適法な審判の請求であつて、その補正をすることができないもの」には該らない。

このような場合につき、商標法五六条一項で準用する特許法一三三条一項は、「審判長は、請求書が第一三一条第一項又は第三項の規定に違反しているときは、請求人に対し、相当の期間を指定して、請求書について補正をすべきことを命じなければならない。」と規定しているが、これは効力規定と解すべきである。したがつて、本件においては、審判長は、本件審判請求書につき右規定にもとづき、原告に対し相当の期間を指定して請求の理由の補正を命じなければならなかつたはずである。しかるに特許庁はそのような手続を怠り、特許法一三五条にもとづき、本件審判請求を審決により却下した。したがつて本件審決は違法であるから取消されるべきである。

(四)  被告の本案前の主張を争う。

二  被告の答弁および主張

(一)1  原告の主張(一)中、本件審決送達年月日は不知。その余の事実を認める。

2  同(二)につき、そのような審決がなされたことを認める。

3  同(三)の主張中、本件審判請求書において、請求の理由については、「本件審判の請求の理由は追つて補充する。」とのみ記載されていることを認め、その余の主張を争う。

(二)1  本案前の主張

本件で被告とされている協和醗酵工業株式会社(以下「協和醗酵」ともいう。)は、本件訴につき被告適格を有しない。

すなわち、商標法六三条二項で準用する特許法一七九条但書が、無効審判の審決に対する訴につき、その審判手続における請求人または被請求人を被告としなければならないと定めた趣旨は、無効審判の審判手続においては、請求人、被請求人間の実体に関する抗争を前提として対立当事者構造がとり入れられているため、無効審判の審決に対する訴においても、審判手続における請求人および被請求人を当事者とすることにより、より実効的な紛争解決と充実した審理がなされることを期待したことにある。ところが、本件審判手続においては、請求人である原告より「本件審判請求の理由は追つて補充する。」旨を記載した審判請求書と、これに対する被請求人である協和醗酵からの答弁書が提出されたのみで、実質的には協和醗酵は関与しておらず、したがつて請求の理由の有無について何ら審理、判断がなされることなく、本件審判請求を不適法として審決により却下したものである。そうすると、本件訴は、商標法六三条二項で準用する特許法一七九条本文において特許庁長官を被告とすべきものと定めているところの、商標法五六条一項で準用する特許法一三三条二項の請求書却下の決定に対する訴と、実質的に対立当事者構造をとるに至つていない点において何ら異なるところはない。したがつて、本件訴においても、請求書却下の決定に対する訴と同様に特許庁長官を被告とすべきであり、被請求人である協和醗酵は本件訴につき被告適格を有しないと解すべきである。

よつて、本件訴は、不適法であるから却下されるべきである。

2  本案に対する主張

本件審判請求書において、請求の理由として、「本件審判の請求の理由は追つて補充する」と記載されている以上、右請求書には、商標法五六条一項で準用する特許法一三一条一項所定の方式に関しては、違反はない。(それだからこそ、特許庁としては、右請求書を適式なものとして、原告に対し何ら補正を命ずることなく、右請求書の副本を被告に対し送達するとともに、これに対する答弁書提出の機会を付与し、被告は、これに応じて答弁書を提出し、その副本は原告に送達されているのである。)

しかしながら、他面において、原告は本件審判請求後、本件審決がなされるまで約一年七か月間、無効審判請求の理由につき何らの主張をしなかつたのであるから、それ自体、不適法な審判請求といわなればならない。そして商標法五六条一項で準用する特許法一三五条は、単に審判不適格者による審判請求や、除斥期間経過後における審判請求のみに限つて適用されるのではなく、本件のような審判請求人の審判請求手続追行過程よりみて、当該裁判制度を利用させるだけの実質的必要性のない場合にも等しく適用されるものと解すべきである。

したがつて、審判請求を却下した本件審決は適法である。

理由

<前略>

二そこで被告の本案前の主張について検討する。

本案審決は、商標法五六条一項で準用する特許法一三五条にもとづいて審判請求を却下したものであるが、これは、原告の商標法四六条一項の商標登録の無効審判請求に対する審決であるから、商標法六三条二項で準用する特許法一七九条但書(但書中の一二三条一項は商標法四六条一項と読み替えられる。)により、本件訴の被告は、本件無効審判請求の被請求人である協和醗酵でなければならない。

被告は、本件審判手続においては、請求の理由につき実体的審理がなされなかつたことを理由として、本件訴は、商標法五六条一項で準用する特許法一三三条二項の請求書却下の決定に対する訴と同様に、被告を特許庁長官とすべきであると主張する。しかしながら、特許法一七九条但書は、商標法四六条一項の商標登録無効審判の審決に対する訴の被告として、その審決が請求の理由につき実体的審理を行なつたものであるか否かを区別することなく、その審判の請求人又は被請求人と定めている。そして、本件審決のように、商標法五六条一項で準用する特許法一三五条にもとづく場合においても、被請求人は、審決の当否について重大な利害関係を有するはずであるから、これを被告として、訴訟上の攻撃防禦を尽させることに不合理があるわけではなく、審理の過程で特許庁の主張立証が必要となる場合は、行政事件訴訟法二三条により、特許庁を参加させる方途も残されている(なお、無効審判手続において、特許法一三五条にもとづき、審判請求が審決をもつて却下される場合として、利害関係のない者からの審判請求がありうるが、この審決に対し訴を提起する場合は、利害関係の有無が争点になるのであるから、被請求人を被告とする方が実質的な審理が期待されうる。)。

以上のとおりで、無効審判において、請求の理由について実体的審理がなされず、審決が商標法五六条一項で準用する特許法一三五条にもとづいてなされた場合においても、この審決に対する訴の被告は、特許法一七九条但書の文言どおり、被請求人と解すべきである。

以上によれば、本件審判における被請求人の協和醗酵を被告とした本件訴は適法であるから、被告の本案前の主張は採用できない。

三そこで次に原告の主張について検討する。

本件審判請求書において、請求の理由については、「本件審判の請求の理由は追つて補充する」とのみ記載されていたことは当事者間に争いがない。そして弁論の全趣旨によれば、原告は、本件審判請求後、本件審決がなされるまで約一年七か月間、請求の理由を全く補充しなかつたことが認められる。してみれば、本件審判請求書は、商標法五六条一項で準用する特許法一三一条一項に定める要件のうち、同項三号の請求の理由が記載されていないものとみるほかはなく(「追つて補充する」旨の記載を、形式上請求の理由の記載とみることはとうていできない。)、本件審判請求は、方式違背といわざるをえないが、この不備は、補正される可能性のあるものであり、商標法五六条一項で準用する特許法一三五条で定める「不適法な審判の請求であつて、その補正をすることができないもの」には該らない(同条は、元来、請求適格を有しない者による無効審判請求とか、商標法四七条による除斥期間経過後の無効審判請求等、性質上補正不可能な場合への適用を予定している。)。

したがつて、特許庁は、商標法五六条一項で準用する特許法一三三条一項にもとづき、審判長において、請求人である原告に対し、相当の期間を指定して、請求の理由を補正すべきことを命ずべきであり、もし原告がその期間内にこれを補正しなかつたときに初めて、商標法五六条一項で準用する特許法一三三条二項により審判長の決定をもつて、(なお、この場合には、商標法五六条一項で準用する特許法一三五条にもとづき審決によつてすることもできると解する。)本件審判請求書を却下できるのであるが、弁論の全趣旨によれば、右のような補正命令をしていないことは明らかである。

したがつて、右手続を経ることなく、ただちに特許法一三五条にもとづき、本件審判請求を却下した本件審決は違法であり、取消を免れない。<以下、省略>

(小堀勇 小笠原昭夫 石井彦壽)

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